2015年5月25日

時間が解決してくれるってただの逃げ口上だよ

以前に勤めていた会社で、部下が交通事故に巻き込まれたことがあった。

部下Aは自転車で通勤しており、帰り途に歩行者Bに「接触」した。状況を聞くと、Aに致命的な落ち度はないように思えたが、Bは接触した部位に尋常でない痛みを主張し、それに対する賠償責任を「その場で」支払うようAに要求した。

10月のある夜、私より先に退社したAは会社の近くで事故にあった。
Aの電話を受けて現場に向かうと、すぐ傍のコンビニで、Aと被害者だと主張するB、その友人だと言うCは、周囲にもわかるように「あきらかな」言い争いをしていた。

Aは、私が到着すると心から安堵した表情を浮かべ、Bは、あからさまに不快そうな表情をした後、私のことを「社長さん」と呼んだ。とは言っても、Aが自分の上司だと紹介したから便宜上そう呼んでいるだけで、そこには敬意など少しも見当たらない。

ただ、当時の私が疲れていただけなのかもしれないが、このBの風貌と下卑た喋り方だけは、どう転んでも好きになれそうもなかった。交差点の信号待ちで反対側にいるのを見かけたら、わざわざ青に変わるのを待って引っぱたいてやりたくなるタイプだ。

また、Bが『あーあ。これ絶対折れてるよ。』としつこいくらいに主張し、こちらに見せつける、接触部位である両腕には、もともとそうだったのか経年劣化なのかは分からない、どちらかと言えば稚拙な彫り物がビッシリと刻まれていた。

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私が到着するとすぐに警察が来て、実況見分をしながら調書を取り始める。
私は日頃から警察の「お世話にはならない」よう心掛けているが、その二人組の警察も「お世話しよう」とは思っていなかったようで、型通りの見分を終えると、そそくさとワンボックスに戻ろうとする。

『今後の対応で揉めてるんですが、仲裁はしてくれないんですか?』

私が状況を鑑みて正直にお願いすると、

『これ以上は介入できないので、あとは当事者同士で話し合ってください。』

との返事で、にべもない。

そうして「この場で金を払えば許してやる」と主張するBと、「手持ちがないならコンビニにはATMがある」と横から口出しするC。そして、自分は普段通り自転車で走っていただけだと一貫して主張するAと私が残された現場では、お互いの主張は平行線で相容れず、再び我慢比べになった。

寒空の下、私とAからの「翌日以降に仕切り直そう」という提案は何度も却下されたが、Bも凄味を利かすことに段々と疲弊し、夜中の一時頃にはTシャツ一枚だったCが『寒いから』とその日の解散を宣言する。

Bはもう一度『今日払えば安く済むんだけどな。』と吐き捨て、Aと私は次の日になればこの悪夢からさめているんじゃないかと心のどこかで期待していた。



結局その日は悶々として殆ど眠れず、現実は何も好転せず、Bは翌朝一番で私の携帯に電話を寄越すと、それを皮切りに何度も何度も私の携帯と事業部の直通の電話、そして会社の代表番号に電話を掛けまくり、更には会社まで出向いて来て同じ内容のことをまくし立てた。

『あいつらはプロだからこれ以上お前は介入するな。』

会社のトップは私に指示を出したが、私の携帯はともかく事業部の電話には誰も出ない訳にはいかないし、いずれにしても時間外は私に転送されるようになっていたので、どのみち私が出られる限りBの電話に出ることになる。

とは言え、Bの凄味を利かせた電話は、会社内にいればまだ切った後ネタにもできたが、家に帰ってから着信があるとやはり憂鬱だった。私は、誰も居ない静寂の中でBと話していると、自然と気持ちが昂り、胃酸が過剰に分泌され、胃袋をギュッと直接握りしめられているような不快感をおぼえた。

そんな状況で毎日を過ごす中、Bが実際に骨折しているという医師の診断書を手に入れると状況は一変する。事故は不可抗力ではなく、Aは圧倒的に不利な立場だった。また会社もBの電話で業務に支障が出ていることを踏まえ、これ以上面倒を見きれないという意向をAに伝えることになる。

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そうして、会社はやんわりとAを切り捨て、Aはその一ヶ月後に会社を去り、ABは最終的に弁護士を介した金銭的な解決を選んだ。Aの悔しい気持ちも痛いほどよくわかったが、その時の私は『運が悪かったと思って早く忘れよう。』と言うのが精一杯だった。

ただ、それから数ヶ月経ったある日、Aが事故のことで「ある情報」が入ったので相談したいと言って話を持ちかけてきた時には、私は即座に断った。苦しい思いで片を付け、すでに「処理済」のハンコが押されて、倉庫に仕舞い込まれたものを再びぶり返すのは、何よりAにとって良くないと思ったからだ。


その一方で私は、「民事不介入」の警察や会社への不信感を持ちつつも、何より「時間が解決する」以外に方法を見付けられなかった自分の無力さに一番苛立ちを感じていた。

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