2015年3月24日

何を言ってもこたえないと思っていた同僚が犯した最大の過ち

新年度になる4月は多くの組織で人事異動や新入社員が増える。

私は仕事上、人事の採用や入職によく関わるが、一方では、会社を辞めるのは入る時の倍の労力を要するとも言われるように、円満退職というのが実は非常に難しいことを実感している。


そんな中、以前の同僚だったBが退職した時のことはよく憶えている。

Bは、タイヤのミシュランマンのような、どことなく愛嬌がある風貌をしていた。また声が低くソフトな口調でゆっくりと話すので、少し足りないような印象も受けるが、人当たりは悪くなく、私個人としては営業向きの人間だと思っていた。

「僕は入社して3年経つんだけど、ここの営業部では最長記録なんだよね。」

それがBの口癖だった。

Bは、今振り返るとプライドが高い故にともかく何かを誇示したかったのだと思えるが、残念ながら当時の私は、その手の定着率の悪さというのは話半分というか、最終的には自分次第だと思うことにしていたため、その部署に3年間在籍していたという「最長記録」が、誇らしい事なのか「3年経ってまだこんなだよ」という自虐ネタなのかの判断がつかず、曖昧な返事をしていた。

その一方で、私がBって凄いなと内心思っていたのは、類まれなほどに頑固なところだ。
その一例としてBは、直属の上司が横30センチの距離で怒鳴り立て、叱責するのをほぼ毎回シカトした。

私はBの隣に座っていたので、当然私もその怒鳴り声を間近で聞くことになり、正直言って自分なら明日から会社に来ないだろうなと感じるほど叱責されているにも関わらず、彼はそれを徹底して無視し、その傍目にはタフに見えるメンタリティーに私はひどく感心したものだ。

実際見ていると、Bも時々二言三言返すのだが、基本的には目の前のデスクトップパソコンの画面を凝視し、上司の問いかけに対して聞こえない振りをした。

とは言っても、問題である内容の大半は上司の方が的を射ており、単純に言い返せなかったのかもしれないが、忍者でもあるまいしそのデカい図体は丸見えなので、相槌すら打たないのはいささか無理がある。

そしてまた、上司も上司で無視され続けてもその行為を止めず、部署内では上司のマシンガンのような横やりが日常的に飛び、最終的に誰もが口を閉ざしていると、「まあ好きにすりゃあいいさ。」と上司が自分で自分にツッコミを入れ、結局何も結論が出ていないと言う興味深い現象を毎日のように目にした。



そんな状況に変化が生まれたのは、私がBと共に働くことになって3ヶ月が経った3月初旬のことだ。
その時の私は、いつも叱責しているのとは別の上司から面談室に呼ばれると、

「新たにもう一人営業が加わることになったので、その彼がBの後任になるよ。」

と突然聞かされた。

Bさんはどうなるんですか?」

私がとっさに尋ねると、上司は、

「彼は別の部署にいくことになった。本人からの返事はまだないけど、既に決定事項だし、単なるジョブローテーションだよ。」

と言う。だが、その人事異動がネガティブなものだというのは誰が見ても明らかだった。
そして席に戻り、私が隣に座るBに小声で「話聞いたよ。」と囁くと、Bは私の事を敵か味方か少し迷うように見た後、喫煙室に呼び出して口を開いた。

「僕は会社を辞めようと思うんだよね。だから岡本さんも早く辞めた方がいいよ。」

Bの話を要約すると、特に未練はないけど、今までこれだけ貢献してきた自分に対してこんな仕打ちをするくらいだから、私もいつ同じことになるか分からないよ。と言った内容だったと思う。

それに対して私は、Bが未練はないと言ったことに少しほっとしていた。というのは、自分が追い出しに一役買ったような後ろめたさを感じていたからだ。
そして、Bはまだまだ若いし可能性があるから次を見たらいいよというつもりで、無責任な発言だと思われないように注意もしながら、私はこんな内容のことを口にする。

3ヶ月しか見てないけど、あんなに毎日怒られてたら自分なら耐えられないし、転職するのも良い手だと思うよ。実際、今よりひどい状況になる可能性は殆どないんじゃないかな。」

それは私の本心から出た言葉であり、Bはそれを聞いて少し涙ぐんでいるように見えた。そして次の日の夕方Bは、「退職届を出したよ。」と私に耳打ちして笑った。

しかし、私がこれで良かったんだと思っていたのも束の間、その3日後にBが出社して来ないのを見て、「有給消化?」などと同僚に軽く尋ねた私の予想を大きくうち破り、事態は思わぬ結末を迎える。

Bは不正な営業成績を申告していた。売上げを誤魔化し、架空の数字を上乗せしていたのが、最後になって明るみに出たのだ。


結局、Bが上司のパワハラに耐えかねて苦し紛れにそのような行為を行ったのか、プライドが高い故に軽い憂さ晴らしくらいのつもりでやったのか、真実は今もって分からない。ただ、その事実を聞いた瞬間に、自分だけでも彼の味方でありたいと思っていた私の感情は、ほぼ全て奪いとられることになった。

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