2015年4月3日

だからアセんなって。アセって死んだヤツいるぞ。

以前あるプロジェクトでマニュアル作りをしたことがある。


その時は私にとっても初めての試みで、一から作り上げる楽しさの反面、あまりにもアイデアが漠然としていたことに気付いて、最初は途方に暮れたことを記憶している。


ところで、そもそも自らマニュアルを作ろうと思い、提案、実行に至ったきっかけは、それよりもだいぶ昔に遡る、ハイパフォーマーと言われていたIが私の属する営業部に配属されてきた時のことだ。

当時、Iの異動は事前から噂になっていたので、ある意味「鳴り物入り」で私の部署に配属されてきたようなところがあった。
しかし、経験も実績も更には貯金もなく、フラッとハローワークから応募してきた私とは違い、スタートからして期待値が高かったことは、傍目には本人に若干の気負いを与えている様にも見えた。

その一方で、Iにはトンがったところがあり、それがいい意味でヒトには「デキる」印象を与えていた。そして、配属されてすぐに勘所をつかむと、彼の営業成績は好調に推移し、私と上司の二人は『こいつはつかえる。』と密かに確認し合うことになる。


ただ、成果が出ている時に注意しなければならないのは、例えば営業で言うと、その時の担当エリアや商品が能力とマッチしているというだけの話であり、それが絶対的なものではないという点だ。

要するに、今どんなに成果を出している人も、エリアが変われば能力を発揮できなくなるかもしれない。どんなにダメな人でも、商品が変われば実は能力を発揮するかもしれない。もっと言えば斜に構えた経験豊富なベテランよりも、何も知らない新卒の方が可愛がってくれるかもしれない。

これは、例えばこのエリアを担当すれば誰でも成果が出るとか、この商品なら誰でも売れると言う絶対領域があるというのとは逆の考え方だ。そして残念なことにそれらの事は、口で言うのは簡単だけれど、実際に成果を出している本人が俯瞰することは相当難しい。

かと言って、成果を出していない人と成果を出している人を同等に扱うのでは本質がズレるし、結果として、それを管理する立場の人間は、かなり厄介な役回りを強いられることになる。

だからこそ、成果を出している人は、自分は運が良いだけだとか、それまでの前任者からの積み重ねだと考えるようでなくては組織がまとまりを欠くことになる。そして、自分には成果が出ていて、隣に成果が出ていない社員がいたら、その原因と対策を一緒に考えるべきだろう。

そういった意味でIは、最後までチームを意識する事を殆どしなかった。以前に実績を出していたプライドもあるだろう。「鳴り物入り」で入ってきて、功を焦ったところもあったのだろう。だが、そこで個に固執することが、自らの首を絞め、結果として自身の可能性を狭めていることが彼には理解できなかったようだった。


後になってその頃を振り返ると、私に何が出来ただろうかとふと考える。

『この営業ってホントめんどくさいよね。』

『わからないことがあったらいつでも聞いてね。』

『このクライアントにはこんな提案をしたらどうかな。』

どれもIの心には響かなかったが、それと同時に、Iの様に周りの意見に対し素直に耳を傾ける事が出来ず、時に反発し、しかし実績を挙げる技量自体は持っている「腕利き」の人間は、その部署ではあまり長続きしないことが、当時の私には何となくわかっていた。簡単に言えば、その終わりの見えない自転車操業に対して、いつか必ず息切れを起こすからだ。

そして、Iが部署に来て8ヶ月程経ったある日、彼は次のような返事を持って、悪い意味で私が予想していた期待に応えてくれた。

『何だか面倒くさくなっちゃったので、やっぱり辞めます。』


その時のことがきっかけとなり、後に私はその部署のマニュアル作りプロジェクトを発動する。
その意図は、Iのように会社の中で上位2割だと言われる「デキるヒト」の属人的なスキルには頼らず、残りの8割に属する「普通のヒト」で売上げを作り出すための仕組み作り、そして《業務の標準化》だ。

企業は多数派である普通の人に高いパフォーマンスを上げてもらわない限り成長していかない。そして逆説的になるが、経営資源が乏しく『すぐに成果が欲しい』というような中小企業には、人材の育成は向いていない。なぜならヒトを育てるのに近道は無く、短期的な成果を求めず、粛々と取り組むしか方法がないからだ。

それでも、せめて同じ轍(てつ)は踏むまいと思い、私は独りよがりなマニュアル作りをしながら、Iの後任のTがいつもバタバタと走りまわっているのを見ると、私の旧知の友人が好きなこの言葉を借りて、こう諭(さと)した。

『だからアセんなって。アセって死んだヤツいるぞ。』


そして、幸いなことにTは今もその部署で走りまわっている。

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