(続き)
結局、私は考えがまとまらないままに用を足し、トイレを出て部屋に戻る。
幸いにして彼はまだ部屋に戻っていなかったが、何だかモヤモヤとして気が重く、しばらくベッドに横になっていると、瞼まで重くなってくる。
『そうだ。寝てしまおう。』
と、ドアを閉めて横になるも30分程経つと再びお腹のムシが暴れ出し、数分も我慢できずにドアを開けて再びトイレへ直行する。
その安宿は、全ての部屋が中庭に面して向き合う構造になっており、彼はその一角でぼんやりと月光浴をしている。用を足し、またゲッソリとした顔で中庭に出ると、彼はのんびりと話しかけてくる。
『まだダメ?』
そうだねぇと、私は正直に首を横に振る。彼は立ち上がり、
『ちょっとやってみようか。』
と、自身の部屋からベッドマットを中庭に引きずり出してくる。そうして、私に仰向けになるように促すと、彼はミントティーを沸かし始めた。
彼のマッサージは、簡単に言ってしまうと胃腸の周りに両手をあててひたすらに擦(こす)るというものではあったが、とにかく私がそれまでに体験したことのない類のものだった。
そして、空に浮かぶ柔らかな月の光が、より強い浄化作用をもたらしてくれていることに加え、彼は私にミントティーを飲む(水分をとる)ことを強く勧め、自身もよく飲んだ。
また、彼が月光に照らされながら一心に擦り続ける姿は、異様な光景ではあったけれど、効果はてき面に表れた。腹部がやわらかい熱を帯び、ずっと続いていた「渋り腹」の症状は消え、汗と一緒に悪いモノがどんどん体外に排出されているのが実感できた。
彼は1時間以上の間、マッサージをして、ミントティーを飲み、少し喋るという動作を繰り返していたが、段々とその間隔が長くなり、最後はマッサージ自体も少しずつゆっくりとなっていく。
私は「クスリに頼らず、即効性があり、かつそれだけ明らかなデトックス効果を体感した」のが、初めての体験であった。
その時はまだ頭がボーっとしていたし、そもそもアラブの片隅にある日本から遠く離れた異国での出来事であるがゆえに、一貫して現実感は薄かったが、その時の私は、まさに目の前でその効果を体感して驚き、もはや聖水でも羽根布団でも買いましょうかという気分であった。
そうしてマッサージ後もしばらく話し込んでいたが、彼は―疲れたのだろう―いつの間にかその場で眠り始めていた。
私の方はと言えば、ミントティーの飲み過ぎでトイレには何度もいくはめになったが、お腹の痛みは本当にピタリと止み、ほんの数時間でも彼のことを疑った自分を笑いながら、その夜はしばらく振りの深い眠りへと落ちていった。
Mirleft
翌朝は身体が完全復活を遂げており、外に出て太陽の恵みをいっぱいに吸い込むと、私は真っ先に旅立つことを決める。行き先を決める前に旅立つことを決められるのは、行き当たりばったり旅の醍醐味だ。
そうとなれば善は急げと、早速荷物のパッキングを始めると、隣の彼も起きてくる。
私がすっかり良くなった礼を述べ、南に向かおうと思っていることを伝えると、彼は特に表情を変えず、また、さらりと唄うような調子で言った。
『ミルレフト(Mirleft)に行くといいよ。』
聞いたことの無い地名でもあったので、私が今一度聞き直そうとすると、彼はそれを察してか今度はハッキリと言った。
『ミルレフト。タンタンで一度バスを降りて少し南にくだった場所にある。小さいけれど、オレがこの国で一番好きな町だ。』
彼は、私の持っていた地図を手に取り、その場所にグリグリして横に【Mirleft】と書き記す。そして、
私がそれを受け取ろうとすると、彼はふと思い出したかのように《バオバブ》に似た奇妙な形の木をそばに書き加えた。
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